■test

 それはスクランブル交差点の中央にあった。

 日付は連休の真っ只中で、いつにもまして通行量の多い車、自転車、そして人、人、人。行き交うそれらから奇跡的に逃れたような場所で、自分は一筋の糸を拾った。糸である。それも毛糸のような太さのあるものでなく、髪の毛程度の細い赤い糸だ。都会の散らかった路上で目にとめることなどもはや不可能に近いようなそれを、なぜか自分は見つけてさらにはそれを拾おうという行動まで起こしたのだ。長さもたった二十センチ足らずの糸を、それも都会の交差点のど真ん中で、わざわざ歩く足を止め腰をかがめて拾ったのである。自分でも何をしているのか一瞬理解ができないほど無意識下の行動だった。一度手にしたものを再び捨てるのはなんだか気が引けるように感じて、結局その糸くずを握ったまま自分は交差点を渡り切った。
 キキィ、と耳を貫く音が背後から聞こえた。振り向いた自分はすぐに状況を理解する。こんな場所ではよくあることだ。振り返った先では、何事もなかったかのように交差点を通り抜ける自転車と顔を顰めてハンドルを握りなおす運転手がいた。自分のすぐ隣を走り抜けていく自転車には、高校生ほどの年齢であろう少年がヘッドホンを首に下げながら飄々とした表情で乗っていた。信号無視など日常茶飯事であると知っている人々は、すぐに興味を無くしてそれぞれの目的に意識を向け始めた。自分もそれに倣う。
 目の前を歩いていた男女が自然な動作で道に紙屑を捨てた。路上に転がるそれが風にあおられて自分の足元まで来たが、何かのチケットのようにも感じたそれを、自分の足は小さく避けた。右手の中には先ほど拾った糸がある。何故拾ったのかもわからぬそれをもう一度見ようと拳を広げると、掌におさまっていた赤い糸はふいに吹きぬけた風に乗って簡単にその姿を消した。



 一体何故だか知らないが自分は糸がもう見つからないことを残念に思った。何故拾ったのかすらわからない糸をそのとき風にさらわれてしまったことを、自分は何十年も経った今でも後悔しているのだ。ふとした瞬間に思い出し、そして何故だかどうしようもなく切なくなるのである。
「それはひょっとして、運命の赤い糸というやつですか」
「そうだねえ、そうかもしれない」
 仮にそうだとして、どこにも続くことのないあの糸はきっと、切り離されてしまった可哀相な誰かの縁なのだろうね。

 自分はそう話を括った。