■test2

 仕事から帰ったら、壁から手が一本突き出ていた。握手を求めるかのように、人の右手がゆらゆら、ゆらゆらと壁から生えている。壁の向こうは隣の家だが、まさか隣人が壁を突き破って右手を差し出し続けているはずはない。
(壁から生えたのか)
 カビが生えたとか、きのこが生えたとかいうのは聞いたことがあるけれど、まさか手が生えるとは思わなかった。血の通った健康な色をした手は、翌朝になってもそこに生えていた。時間もなかったので、そのままにして家を出た。ドアを閉めるとき、ちらりと見えた手はこっちに手のひらを向けてひらひら動いていた。
 その日は大雨が降った。帰宅してすぐにシャワーを浴びて、何気なくタオルを生えている手にかけてみた。手は一度確かめるようにタオルを握ってから、すぐ興味を失ったように落とした。
 その頃から手はいろいろな表情をあらわすようになった。雷が好きらしく、天気がひどくなってくると目にみえるようにそわそわし始める。どこに目があるか知らないが、雷が鳴っているときに部屋のカーテンを開けると稲妻が光るたびに壁を軽く叩いて拍手をする。相変わらずひじから先だけの手が子供のようにはしゃいでいるのを見ながらひとり酒を飲んだりした。

 その手が消えたのは突然だった。仕事がひどく立て込んで、疲労を背負って帰宅した日、当たり前のようにそこにある手に触ってみたのが原因だ。手は冷たかった。ずっと待っていたように、冷たい手はそっと動いて、文字通り手をつないだ。腫れ物に触るような柔らかい力で握ったかと思えば、するりと放して壁に入っていった。満足したかのような指先が壁に吸い込まれていくのを見ていたら、ひどくさみしい気分になった。

 つないだ手は冷たかった。
 右手に残る感覚が、なぜか切ないほどに愛しく、その日は眠れなかった。